スクールソーシャルワーカーの仕事では、
少なからず発達障害もしくは
疑いのあるとされる生徒さんたちと出会います。
今は「非定形発達」と表現されてきています。
非定型発達に対して多数派を定型発達と呼び、
今まで発達障害と言われてきた方々のほうを
非定形発達と呼ぶということでした。
※否定形発達が社会で困難に遭うとそれが
発達障害という問題を生みます。
支援が必要とされている方々は
家庭の問題(貧困、家族関係、社会との確執や孤立など)や
個人的な困りごと(本人の特性等、精神疾患など様々)
学校や社会との関わりでの困難さなど複数の
困りごとが絡み合っているように思います。
発達障害という言葉が世間に知られるようになり、
発達障害とは・・という記事を目にする機会も多いです。
今はYouTubeなどで、当事者が登場して
発達障害のことを自分の言葉で語っている
人たちも多くなっています。
否定形型発達を考えたとき、
・できること/できないことが多数派と異なっている
・社会・環境が多数派向けにつくられていて、そのために不利益なことが起きる。
それが「障害」になっているとのことでした。

そうなると、左利きの私などは世の中の右利きに
作られた道具を上手く使えずに、苦労してきたことも
障害となるということでしょうか・・。
私の体験で言えば、生まれた時から右手に力が無く
極端な左利きと医師に言われました。
右利きのハサミを不器用に使うため
きれいに紙や布が切れた試しがない。
草刈りの時に右利き用の鍬しかなく、
不器用で危なっかしい動作で周囲に心配される。
もちろん、字を書くときも一苦労。
ソフトボールチームに入ったはいいが
我が家は貧乏だった為、自分用の左利き
グローブが買えず、学校の右利き用の
グローブを無理やり使ったけど
玉を取るのにモタモタして・・結局
辞めるしかなかったこと。
様々思い出しました。
ふと、そんな自分の不自由な体験の
ひとつひとつが
否定形型発達の人たちが直面している
ことなのではないかと思うと
支援する側としての推測という域から
いつの間にか当事者側にいる
自分を感じ、より自然に物事を
捉えられるように思えます。
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